生きてきた風景

野蒜と海 3

明治元年8月、榎本武揚や土方歳三らが乗った開陽丸が東名に着きました。 旧幕府軍は東名の浜で訓練を行ったといいます。 野蒜の人たちと旧幕府軍の邂逅です。 お祖父さんが一緒に北海道に行ったなどという話も聞くことができます。鰯山という野蒜海岸にある…

野蒜と海 2

明治15年10月に、野蒜では突堤落成式が盛大に行われます。 この突堤は第一期工事による内港のものであり、 この後に第二期工事として外港の突堤が造られる予定でした。 その場所が宮戸島です。 宮戸島の東側に予定防波堤と書かれています。宮戸島は野蒜海岸…

野蒜と海

野蒜海岸に佇む不老山のその呼び名は「絶勝の地びとをして老いざらしむに足る」と 伊達政宗が名付けたと言われています。 昔から風光明媚な場所として知られていました。 (東北芸術工科大学東北文化研究所アーカイブスより)かつては波に洗われていたこの場…

余景の松原

「自然の中に生きた者は自然と格闘しつつ第二次自然を作り上げていった」『日本人と自然』の冒頭で宮本常一が書いています。 (『自然と日本人』宮本常一 未來社 2009 ※この文章の初出は昭和48) 「海岸につづく松原なども、自然に生えた木はほとんどない」…